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福岡高等裁判所 昭和46年(行コ)7号 判決

熊本市新市街五番一三号

控訴人

木下富雄

右訴訟代理人弁護士

本田政敏

柏崎正一

野村宏治

熊本市二の丸一番四号

被控訴人

熊本西税務署長

渡部克己

右指定代理人

三宅克己

富吉満

野崎忠男

宮田正敏

上江洲正雄

布村重成

森武信義

右当事者間の所得税更正処分等取消請求控訴事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

控訴人の当審における被控訴人が控訴人に対してなした別紙目録(一)記載の所得税更正決定処分及び重加算税賦課決定処分、別紙目録(二)記載の入場税賦課決定処分の各無効確認を求める訴を却下する。

控訴人の右各処分の取消を求める請求につき本件控訴を棄却する。

当審における費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対してなした別紙目録(一)記載の所得税更正決定処分、及び別紙目録(二)記載の入場税賦課決定処分はいずれも無効であることを確認する。

右請求が認められないときは前項の処分は何れも取消す。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」

旨の判決を求め、被控訴代理人は、当審における新訴の請求に対し、第一次的には主文第一項同旨の、第二次的には「請求棄却」の判決を求め、控訴の申立に対しては「控訴棄却」の判決を求め、訴訟費用については主文三項同旨の判決を求めた。当事者双方の主張と立証は、左記のほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

第一控訴代理人の主張

一  本件課税処分には内容上の過誤があり、かつ、それが課税要件の根本に関するものであつて、不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を控訴人の不利益に帰せしめるのは著しく不当と認められる事情があり、無効である。

(一)  入場税関係について。

昭和三六年当時にあつては、形式的に存在する入場税法の税率は全く形骸化しており、これに代つて、税務署と興業主とが話し合いで税額を定め、これを納入する方式がとられていた。この方式は、入場税法の不備、特に地方差を無視した上乗せ方式の無理が基本的原因となつて発生した話し合いの慣行が税務署側にも徴税成績の向上、不良興業の防止の利益を伴うことになるので、単なる慣行から法的な方式へと高まつたものであり、反面、入場税法はその限度で形骸化してしまつたのである。控訴人は、この話し合いの方式に従い、被控訴人と協議を行い、当初二五万円の入場税額を納付し、興業中途で五〇万円を更に納付し、興業終了後、報告書を作成したが、残り券が少なかつたので、最終清算額として更に二五万四、〇〇〇円を追加して残券を返還した。それ故、控訴人は、話し合いの結果に基づく入場税額を当時完納しているのであつて、これ以上納入すべき税金はない。その後五年間、控訴人についてこのことが全く問題とされなかつたのは、もはやそれ以上納めるべき税金がないことを被控訴人が決定していたからに外ならない。然るに、被控訴人は、本件課税において、当時の税額決定の過程及び根拠を一方的にふみにじつたものであり、それは内容的に過誤があるばかりでなく、過税の根幹に関するものであるから無効といわなければならない。しかも被控訴人はただに時効中断のみを意図し、既に税金は完納していると信じている控訴人に対して、何らの調査も照会もすることなく、当時控訴人が接見禁止の勾留状態にあるのも顧慮せず、外形上の送達適法性のみ考慮して賦課決定の通知を行つたのであり、控訴人が税金完納を理由に決定書を返送したにも拘らず、異議申立について何らの教示、助言も与えていない。

以上、本件決定書の送達をめぐる前後の状況、課税処分に至つた背後事情、控訴人のおかれた窮地等を総合勘案すれば、異議申立期間を徒過したからといつて、その不可争性を控訴人の不利益に帰するのは著しく正義に反するものである。

(二)  所得税関係について。

(1) 昭和三六年度の菊人形博覧会に関する控訴人の現実の収支は、総収入三、一九二万六、八六一円で、総支出は三一、四〇万九、九〇八円である。従つて、その差額五一万六、九五三円が控訴人が現実に得た利益である(第一審判決の事実摘示の該当部分は上記のように改める)。ところで、菊人形博の表向きの収支は、甲第二六号証の示すとおりであつたが、これには、税務署との話合いによる税額に合わせて、前売券収入を逆算していたため、前売券収入が入場税との関係で一、一〇〇万円ほど落してあつた。若し、博覧会収入を正規に計上して、控訴人の所得を算出すれば、支出、つまり必要経費もこれに対応して正しく計上し、所得から控除しなければならぬ筈である。然るに被控訴人がなした八七六万二、六七九円の更正所得額は、改めて計上し直さるべき実際の支出(必要経費)を全く無視して、一方的に算出のうえ賦課決定したものである。被控訴人は更正決定にあたり、実際の支出につき控訴人について何ら調査することなく、警察の資料にたより、控訴人及び中島朗名義の預金帳を集計して算出した。然し、右二口座の入金がすべて控訴人の収入ではなく、博覧会関係の預り金ないし運用資金としての一時的借入金も存在する。従つて、口座入金の性質を明らかにすることなく認定された収入額は、内容的に誤りであると共に収入なきところに課税するという課税の根幹に関する過誤であつてかかる更正処分は無効である。

(2) 昭和三八年ないし四〇年度分の所得税更正決定等について。

被控訴人が右年度における控訴人の不動産所得として増額計上している分は、控訴人所有の熊本市新市街二番地一二所在、鉄筋コンクリート造四階建店舗兼事務所の一階一〇五、〇〇平方メートルの賃料所得であるが、原審で述べたとおり、控訴人は右建物を訴外永田清次他五名に自由に利用させ、その収益を同人らに取得させているのである。永田らは右建物の一階を訴外渡辺カズに賃料一月一二万円、期間三年で賃貸しているが、その賃料はもとより永田らの所得であり、同人らはこれを昭和三八年度以降昭和四〇年度まで各自の不動産所得として被控訴人に申告納税して来た。然るに、被控訴人は、昭和四二年一月一一日になつて、予め何ら実情調査することなく、右建物の一階の所有名義人が控訴人であるという理由で、控訴人の所得を認定し、永田らの納税を取消し、控訴人に対して右年度の所得税の更正決定をしたのである。然し、右建物の貸主は永田らであり、その賃料所得はもとより控訴人のものではない。

(三)  以上の点からして本件各処分は何れも無効であるからこれが確認を求める。

二  取消事由についての主張

(一)  送達の適法性について。

(1) 入場税関係

原審証人広島幸雄の証言によれば、同人は昭和四一年九月二九日京町拘置支所特別接見室において、本件入場税賦課決定通知書および納税告知書在中の封筒を、熊本税務署員末永秀太郎から控訴人に交付するように云つて渡されたので、一応控訴人に見せた。控訴人はこれを開封はしたけれども、内容については知らないので、広島において簡単に説明した。然るところ、控訴人は「受けとれないから返してくれ」というので、その封筒はまた庶務課へ返却したとあり、机上において席を離れた事実はない。右事実によれば、右控訴人の所為は、国税通則法一二条五項二号にいう「書類の受領を拒んだ場合」にあたり、それが正当な理由がないかどうかは別として差置送達をなすべき場合に該当するのであるが、末永らは適法な手続をとつておらず、交付送達、差置送達何れもしていない。よつて、前記通知書等は何れも適法に送達がなされたものということはできない。

(2) 所得税関係

国税通則法一二条一項によれば、税務署長が発する書類は、その送達を受けるべき者の住所又は居所に送達するとあるが、在監者の場合には民訴法(一六八条)、刑訴法(五四条)と同様、監獄の長(拘置所長)宛になすべきである。

原判決は、本件更正処分等通知書は、当時控訴人が勾留されていた前記京町拘置支所長宛に送達されたことを認定しているが、原判決の引用する乙第一号証の一、二によると、右通知書が京町拘置支所長宛送達された形跡はなく、受取人の氏名は、単に「京町拘置所」とあるに止まる。尤も、乙第二号証によれば、拘置支所長宛送達されたかの如く記載されているが、この故をもつて「長」宛に送達されたということはできず、これを控訴人に示しても、受領しなかつたことが明らかである以上、送達があつたとは云えない。

二  異議申立の存在

仮に、本件につき適法な送達があつたとしても、控訴人は適法な期間内に有効な異議申立を行つている。

(一)  入場税関係

(1) 昭和四一年九月二九日、控訴人は、本件入場税賦課決定通知書を使送に来た当時の熊本税務署員に対し、賦課決定にかかる入場税は既に納付ずみであり、今更納税するいわれはない旨意思表示をしており、これには右賦課決定の取消を求める意思表示が含まれていた。控訴人は、右意思表示によつて、本件入場税の賦課決定に対する異議申立をしたのである。

また、右異議申立は、同日中に税務署員作成の復命書によつて被控訴人に伝えられ、更に、賦課決定通知書が控訴人の指示によつて、受取拒否を理由として被控訴人に返送されたが、この事実に徴しても、右控訴人の異議申立の意思は被控訴人に伝達されたというべきである。

(2) 国税通則法七五条により、国税に関する異議申立に適用される行政不服審査法九条によると、不服申立は原則として書面を提出しなければならないと規定されているが、これは訓示規定であつて、異議申立の方式を書面に限定する趣旨ではない。行政不服審査法五七条によれば、行政庁は処分の相手方に一定事項の教示をしなければならないが、その内容には不服申立が書面によるべきことは含まれていない。本件入場税賦課決定通知書にも、異議申立は書面でする必要があるとは教示されていないし、通知書を使送した税務署員もそのような教示はしていない。従つて、教示をなすべき内容に不服申立は書面によらねばならないことが含まれていない以上、書面によることは不服申立の要件ではなく、単に事務処理上の便宜のための訓示的なものと解すべきで、口頭による異議申立も有効と扱わなければならない。

(3) 以上、控訴人は被控訴人に対し、昭和四一年九月二九日、本件入場税の賦課決定処分に対し有効な異議申立を行つたのであるが、被控訴人はその翌日から起算して三月経過しても何ら決定せず、国税通則法八〇条により、三月経過の翌日である昭和四一年一二月三〇日に被控訴人を管轄する熊本税務局長に対し審査請求をしたものとみなされるところ、同国税局長はその翌日から起算して三月を経過しても何の裁決も行わなかつた。よつて、本訴は国税通則法八七条一項一号の規定によつて提起されたものである。

(二)  所得税関係

(1) 昭和四二年一月一二日、本件各所得税額の更正決定、重加算税賦課決定の通知書が控訴人に送達されたとしても、控訴人はこれを交付しようとした拘置支所員に対し、受取拒絶の意思表示をなし、返送を依頼した。よつて、右通知書類は翌一三日被控訴人に返送された。これは、前示入場税の賦課決定通知書の場合と同様控訴人がなした異議申立にあたり、被控訴人は返送を受けた一三日にこれを了知しているのである。

(2) 右異議申立の方式が書面によらなくても差支えないこと、この申立に対して被控訴人が何らの決定をせず、審査請求に移行したものとみなされ、従つて、本訴が適法なることは何れも前示入場税の場合と同様である。

三  仮に本件各処分通知書の送達があり、控訴人によつて異議申立等がなされていないとしても、控訴人には異議申立等につき決定等を経ないことに正当な理由がある。すなわち、前示のとおり、控訴人は本件入場税の関係では、すでに納入済のつもりで、重ねて課税される理由は全くないと正当に信じており、また、当時、控訴人のおかれた客観的主観的な不安定な状態に照らしても、入場税賦課決定に対し、正規の異議申立手続をとることを期待しうる状態ではなかつた。このことは所得税関係でも同様であり、仮に法定期間内に控訴人による適法な異議申立がなかつたとしても、控訴人には責められるべき事由はなく、専ら権限を濫用した警察、税務当局の責任である。よつて、国税通則法八七条(現行一一五条)一項但書、四号後段により、決定、裁決を経ないことにつき正当な理由があるので、本訴は適法である。

第二被控訴代理人の主張

一  無効確認訴訟についての本案前の主張

行政事件訴訟法三六条によれば、無効確認の訴が提起できるのは、その法律上の利益を有する者で、現在の法律関係に関する訴によつては目的を達することができない場合に限られる。そして、この当該処分の無効を前提とする「現在の法律関係に関する訴によつて目的を達することができない」とは、処分に基づいて生じる法律関係につき、処分の無効を前提とする当事者訴訟又は民事訴訟によつては、本来、その処分のため被つている不利益を排除することができないことをいうのである。本件の場合の控訴人としては、各処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴(当該租税債務不存在確認の訴)によつて同一目的を達成できるのであるから、本件無効確認の訴を提起することは許されない。

二  「課税処分が当然無効というためには、処分に重大かつ明白なかしが存することを要する」とは判例の示す見解であるが、本件処分にかようなかしは何ら存しない。

(一)  入場税関係

控訴人は、熊本県母子会連盟との間に菊人形博覧会の前売券の委託販売契約を締結し、販売代金は、すべて一旦熊本県母子会連盟委員長古荘ハマ名義の預金口座に振込まれ、次いで控訴人及び中島朗(架空名義)両名の預金口座に振替の方法によつて支払われている。然るに、控訴人は入場税の課税標準額及び税額等の申告にあたり、右母子会連盟が前売した入場料金を故意に過少に申告し、入場税を免れていたのであるが、その数額は、昭和三六年九月から同年一一月までの三ケ月間に前売券数九万三、九八三枚に及び、ほ脱税額合計一八七万九、六六〇円と算定したものである。

(二)  所得税関係

(1) 控訴人は、昭和三六年一〇月一日から二ケ月間開催した菊人形博覧会の所得について、三三万四、七〇三円の欠損が生じたとして所得税の申告をしなかつたが、調査の結果、八七六万二、六七九円の利益を得ていることが判明したので、更正処分を行つたのである。

その内訳は、収入金額三、八九五万三、八八二円、必要経費は、控訴人の収支計算書による支出金額二、一〇〇万一、六〇四円に推計により九一八万九、五九九円を追認し、合計三、〇一九万一、二〇三円と算定し、差引八七六万二、六七九円を控訴人の博覧会所得と認定して更正処分を行つたものである。

(2) 昭和三八年分ないし同四〇年分については、控訴人主張の建物の賃料収入であるが、その不動産所得につき、昭和三八年分五一万五、七〇〇円、同三九年分と同四〇年分とは何れも各一〇三万六、八〇〇円を増額する更正処分を行つたものである。右建物は、一階から三階まで控訴人の所有であり、昭和三七年一〇月一六日所有権保存登記があり、永田清次外五名は何れも控訴人の親族又は深い関係者で、家賃収入を受取つた事実もなく、また自己の所得であるとして不動産所得を申告したことも知らないと述べており、右所得が控訴人に帰属することは明らかである。

(三)  控訴人は、入場税について熊本税務署の担当官と慣行に基づく話し合いにより、すでに納付しているから問題はない旨主張するが、そもそも入場税は入場税法の定めにより賦課さるべきもので、行政処分庁と納税義務者との話し合いにより決定すべきものではなく、現に熊本税務署において、控訴人との話し合いにより決定した事実はない。また、控訴人が本件各処分に対する不服申立期間徒過の理由としてあげるところは、何れも適法な不服申立をしなかつたことを正当化するものではなく、期間徒過による不可争的効果による不利益を控訴人に帰しても何ら不当ではない。以上、何れの点からしても本件無効確認請求はその理由がない。

三  取消事由の主張に対する反論

(一)  送達について。

(1) 入場税関係

国税通則法上の送達には、民訴法一六八条のごとき特別規定は存しないが、在監者の収容されている監獄は、在監者にとつて国税通則法一二条一項にいう「居所」と考えられ、在監者に宛てられた公文書は監獄法四八条により、監獄の長から在監者に対して交付さるべきものとされているので、国税通則法上の書類の送達の場合も、監獄の長が受領したときに送達の効力が生じるものと解するのが相当である。本件入場税賦課決定通知書は、熊本税務署員末永秀太郎他一名が、昭和四一年九月二九日控訴人の勾留されていた京町拘置支所において、同支所保安課職員広島幸雄立合のうえ、控訴人に接見し、広島を介して控訴人に交付され、控訴人は一旦受け取つた後突き返すようにしたが、末永らは、そのまゝ通知書を受け取ることなく退出した。右通知書は間もなく控訴人が支所長のもとに持参したが、広島によつて庶務課に渡され、同日、控訴人は右通知書の件で支所長に面会している。以上の事実によれば、本件通知書は、昭和四一年九月二九日京町拘置支所長およびその補助職員のもとに到達しているので、控訴人に有効に送達されたものである。

仮りにそうでないとしても、本件通知書は、税務署員末永らが控訴人に接見した際、保安課員広島を介して控訴人に交付され、控訴人においてこれを了知しうべき状態におかれたのであるから有効に送達されたものというべく、更に控訴人が本件通知書を突き返すようにしたとき、末永らはこれをそのまゝにして退出した点からすれば、国税通則法一二条五項二号の差置送達がなされたものというべきである。尤も、在監者に対する送達は、その監獄の長に送達書類を交付したときに効力が生じると解すべきであり、監獄法四八条によれば、公文書は必ず本人に交付さるべきものとされているので、これにより送達種類の内容を了知させるという送達本来の目的は達せられる。それ故、同条の交付に際して、本人が受領を拒絶した場合、差し置き手続までしなければ、監獄の長を受送達者とした在監者に対する送達の効力が生じないということはできない。

本件において、監獄の長を受送達者として在監者本人に交付されなければならない公文書が、直接在監者本人を受送達者としてこれに交付され、その受領拒絶があつた場合にあたるとしても、監獄の長を受送者とした場合と同じく差し置かなければならない法的義務はなく、何れの点からみても本件入場賦課決定通知書は有効に控訴人に送達されたものというべきである。

(2) 所得税関係

本件通知書は、昭和四二年一月一二日京町拘置支所長のもとに到達し、監獄法四八条により控訴人に対し交付の手続がとられているのであるから、控訴人に有効に送達されていることは明らかである。

四  異議申立についての反論

(一)  方式

控訴人は本件各処分に対しては、口頭による異議申立を適法になしたと主張するが、国税通則法には口頭による不服申立を認めた規定はないから、行政不服審査法九条一項の規定により、本件各処分に対する不服申立は書面によることが必要である。控訴人は右規定は訓示規定であるというが、同条の立法趣旨は、不服内容の明確化、不服申立の存在の明瞭化、不服申立の確実を伝達及びその保存等を図り、もつて不服申立の論点を明らかにするとともに、その手続を慎重にする等の必要に基づくものであり、単に行政事務処理の便宜のためのみ存在する訓示規定と解することはできない。また、教示制度と不服申立手続とは、別個の趣旨、目的によつて規制されているのであつて、同一に論ずることはできず、書面で不服申立をなすべきことが教示内容になつていないからといつて、不服申立は、書面でする必要がないとはいえない。

(二)  異議申立の意思表示

控訴人は、入場税については、通知書を使送に来た税務署員に対し「昭和三六年の入場税は納付済であるから納める必要はない」等、激怒して申し出たこと、所得税については、更正決定通知書を交付しようとした京町拘置所員に対して、「所長に話してあるし、受け取るわけにはいかない。自分は関知しないから、返送するように。」と申し出たこと等をもつて、異議申立があつたと主張するが、異議申立の対象、趣旨、理由等が明らかでなく(現行国税通則法八一条参照)、控訴人のかかる言葉のみで異議申立の意思表示があつたということはできない。

五  本件各処分につき、異議申立に対する決定、審査請求に対する裁決を経ないことにつき正当な理由があるとの控訴人の主張は争う。国税通則法八七条一項但書四号後段(現行法一、五条一項三号)の正当事由とは、異議申立、審査請求を経ることが無意味であるとか、客観的に不可能な場合とかをいうのであつて、控訴人主張のような接見禁止つきの長期勾留中とか、税務署に対する激しい怒り、不信、疑惑等、控訴人の主観的、内心的な事情は正当な理由に該当しないことは明らかである。

第三当審における証拠

一  控訴代理人は、甲第一ないし第四号証、第五号証の一、二、第六ないし第一〇号証、第一一号証の一、第一二号証の一ないし一〇、第一三号証の一、第一四ないし第一七号証、第一八号証の一ないし五、第一九号証の一ないし一八、第二〇号証の一ないし三、第二一号証の一ないし三、第二二号証の一ないし四二、第二三号証の一ないし七五、第二四号証の一ないし五五、第二五号証の一ないし四一、第二六、二七号証、第二八号証の一ないし一五、第二九号証の一ないし一〇、第三〇号証の一、二、第三一号証の一ないし八、第三二号証の一ないし一一、第三三号証の一ないし三、第三四号証の一ないし八、第三五ないし第三九号証、第四〇、四一号証の各一、二、第四二号証、第四三号証の一、二を提出し、控訴本人尋問の結果を援用し、乙号各証については認否しない。

二  被控訴代理人は乙第一一ないし第一四号証、第一五号証の一ないし七を提出し、甲第三、第五号証の一、二、第六ないし第八号証、第一二号証の二及び六、第一四ないし第一七号証、第一八号証の一ないし五、第二三号の四六、七一ないし七四、第二四号証の四ないし一〇、一四、一五、一八ないし二〇、二二ないし二四、二六ないし二八、三四ないし三六、四四、四五、四八、五〇、五一、五三、五四、第二五号証の三ないし七、一一、一二、一七、一九、二四、二九、第二七号証、第二八号証一ないし一五、第二九号証二ないし一〇、第三〇号証の一、二、第三一号証の一ないし八、第三二号証の一ないし一一、第三三号証の一ないし三、第三四号証の一ないし八、第三五ないし三八号証、第四〇、四一号証の各一、二の成立を認め、第四二号証、第四三号証の一、二は認否せず、その余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

一  確認訴訟の適法性について。

控訴人は、当審において訴の追加的変更をなし、本位的請求として、別紙目録(一)記載の所得税更正処分および重加算税賦課決定処分同(二)記載の入場税賦課決定処分の各無効確認を求めているところ、右訴に対し、被控訴人は、先ず本案前の申立として、訴却下の判決を求めているので、先ずこの点について判断する。

ところで、本件各無効確認の訴えに適用さるべき行政事件訴訟法三六条によれば、行政処分の無効確認の訴えは、当該処分の無効確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによつて目的を達することができないものに限り提起することができるのであつて、それ以外のものは、現在の法律関係に関する訴えを提起することができるにとどまるのである(昭和四五年一一月六日第二小法廷判決、民集二四巻一二号一七二一頁参照)。これを本件についてみれば、控訴人は争いになつている本件入場税および所得税は何れも未納付であることが窺われるので(原審第一一回口頭弁論調書)、右各処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴え(例えば、租税債務不存在確認の訴え)によつてその目的を達することができるものというべきであつて、右無効確認の訴えは不適法というほかはない。また、仮りに、本件をさような趣旨の現在の法律関係確認の訴えにあたると解釈してみても、当該法律関係の帰属主体は国であり、本訴は国を被告とするものではないことを明らかであるから、所詮、本件無効確認の訴えは不適法なものとして排斥を免れない。

その他、控訴人の主張する事情が、本件無効確認訴訟が許容される事由にあたるものとも解しがたい。よつて、本件無効確認の訴えは却下さるべきである。

二  本件各処分取消請求については、当裁判所は原判決の判断を相当と認めるので、その理由部分を引用する。但し、原判決六枚目裏二行「これは受け取れない旨告げ」以下五行までを次のように訂正する。

「これは受け取れない旨云つたのに対し、末永は異議があれば、一月以内に申立をするよう告知し、なおも続く原告の抗議を無視して、右通知書をその場の机上に差し置いたうえ同所を立ち去つたことが認められ、証人広島幸雄の証言、原告本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は信用できない。」

なお、以下当審における争点について判断を示す。

三  本件送達の適法性について。

国税通則法(昭和四五年三月二八日改正前のもの)には、在監者に対する書類の送達について特別の規定は存しないけれども、ことの性質上、民訴法一六八条を準用して監獄の長に送達すべきものと解するのが相当である。この点本件所得税関係通知書の送達につき、控訴人は乙第一号証の二に受取人の氏名が「京町拘置所」とあり、「拘置所長」となつていないことを根拠に、適法なる送達の存在を争うのであるが、右通知書の正確な宛名が「京町拘置所」であつたとは右乙号証だけでは断定しがたいが、かりにさようであつたとしても、受取人の氏名が特定の官署として表示されている郵便物であれば、通常、その官署の代表者たる長にあてられたものと解するのが相当であり、現に、名刺部分につき成立に争がなくその他の部分については原審証人安藤喜四郎の証言により成立を認める乙第二号証によれば、本件通知書は、京町拘置支所長に宛て送達された同支所長あての書面であつたので、同支所では受付簿に登載のうえ、支所長に決裁を受け、交付簿に登載した後、控訴人に交付する手続がとられたことが認められるので、右通知書が適法に同支所長に送達されたことは明らかである。また、入場税関係の通知書は、前認定のとおり、書留郵便によらずに、直接、熊本税務署員末永秀太郎他一名が京町拘置支所在監中の控訴人のもとに使送したのであるが、原審証人広島幸雄の証言によれば、当時、同人は同支所保安課に勤務しており、上司の命により、右通知書交付のための接見に立会い、末永から右通知書在中の封筒を受けとり、これを控訴人に交付し、控訴人はこれを開封閲読した事実が認められる。それ故、右通知書は、末永から同支所職員広島に手渡されることによつて、同支所長に送達されたものと解することもでき(この関係では、同支所職員は支所長の補助機関である)、更に広島から控訴人に交付され、控訴人はこれを開封閲読しているのであるから、何れにせよ、控訴人において了知し得べき状態におかれたものであることは明らかで、有効に送達されたものと解するのが相当である。

四  異議申立の存否について。

(一)  控訴人は、本件入場税関係につき、賦課決定通知書を持参した熊本税務署員に対し、入場税はすでに納付済であり、今更納付する事由はない旨申し出、後に右通知書は控訴人の指示によつて返送されているので、異議申立の意思表示はなされていること、行政不服審査法九条が書面を要件としているのは訓示規定であること等を理由に、右賦課決定に対して適法な異議申立があつた旨主張し、原審証人末永秀太郎の証言、原審及び当審における控訴本人尋問の結果によれば、本件通知書交付の際、控訴人にさような言動があつたことが認められ、これによれば、控訴人に右賦課決定に対する反感と決定書受領拒絶の意思があつたことは優に認められるけれども、更にすゝんで、右言動により決定書のどの部分に、どのような理由で、どんな不服があり、どのような趣旨の不服申立をするのかは、具体的には何ら知ることができないので、かかる言動のみをもつて右決定に対する異議申立がなされたと認めることは困難である。そうであるばかりでなく、行政不服審査法九条一項の書面主義の原則は、今日の複雑な行政組織のもとにおいて、行政処分に対する不服申立につき、不服申立の存否、内容、限度、時期等を明確にし、手続の慎重確実性を期する趣旨の規定であり、これを単なる訓示規定と解するのは相当でない。控訴人は、書面による異議申立をすることが教示の内容になつていないことをもつて訓示規定という一事由にしているのであるが、教示制度と不服申立手続の両者は、必ずしも制度の趣旨、目的を同じくしている訳ではなく、かかる事由があるからといつて、前同条の明文に反し、口頭による異議申立を適法とすることもできない。

(二)  所得税関係についても、単に当該通知書の受領を拒絶し、これを返送した控訴人の所為のみをもつて、その主張する如き適法期間内に、適法有効な異議申立があつたとは認めがたいことは入場税の場合の判断と同様である。

四  なお、控訴人は、本件各処分については、異議申立に対する決定、審査請求に対する裁決を経ないで出訴することに正当な理由がある旨主張するけれども、改正前の国税通則法八七条一項但書四号後段所定の正当事由とは、異議申立、審査請求を経由することが無意味であるとか客観的に不可能な場合とかをいうものであり、単に控訴人主張のような接見禁止つきの勾留中であり、当時、税務署に対する激怒、不信感を抱いていたという如き主観的内心的事情のみでは正当な理由があるとは認められないし、またたとい控訴人は勾留中であつたとは云え、異議申立をすることが著しく困難な状況にあつたものとも認められない。

五  そうすると、処分取消請求に対する原判決の判断は相当であり、本件控訴は理由がない。よつて、民訴法三八四条、八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 亀川清 裁判官 美山和義 裁判官 安部剛)

目録(一)

昭和四二年一月一一日付の

1 昭和三六年分

所得税更正処分額   三、九三六、三三〇円

重加算税賦課処分額  一、九六八、〇〇〇円

2 昭和三八年分

所得税更正処分額     一八〇、五〇〇円

重加算税賦課処分額     五四、〇〇〇円

3 昭和三九年分

所得税更正処分額     三八三、一三〇円

重加算税賦課処分額    一一四、九〇〇円

4 昭和四〇年分

所得税更正処分額     三八六、五二〇円

重加算税賦課処分額    一一五、八〇〇円

目録(二)

昭和四一年九月二九日付の入場税賦課決定

処分額 一、八七九、六六〇円

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